磯村打敷店

店主ブログ
<< November 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

中日新聞に掲載されました

1月18日(月)中日新聞の夕刊に、当店店主であった磯村一男の記事が掲載されました。記事内容を転載させていただきます。

山車の技 世界発信

仲間の遺志 胸に秘め

名古屋市内の若手仏具職人らが、戦災で焼失した中区門前町の山車をモデルに新たな山車の制作に挑戦している。技術の粋を凝らし、五月に始まる上海万博へ出品する計画だ。山車文化を継承しようと手弁当で頑張るメンバーの背中を押すのは、一人の仲間の死。プロジェクトの発起人で、挑戦を引っ張ってきた磯村一男さん=当時(四四)=が昨年六月、自宅での転落事故で他界。仲間たちは「遺志を継ごう」と誓いを新たにしている。

名古屋の仏具職人ら 制作挑戦、万博出品へ

名古屋の仏具は、江戸時代から木材の集積地だったことを背景に下級武士の副業などとして発展。全国の仏具製品の半数以上が名古屋で生産される。だが、安価な海外製品の流入で売れ行きは落ち、後継者不足が深刻になっている。

そんな苦境から何とか抜け出そうと努力していたのが磯村さんだった。百年前に創業した刺しゅう職人の三代目。「山車や寺社用具などを扱う職人たちが持つ技術を結集して、もう一度立ち上がりたい」。酔うと妻知寿子さん(四九)に熱く語り続けた。

戦災で焼失した山車を復活させようと、同級生だった装飾金具職人の野依克彦さん(四三)を訪ねたのが二〇〇八年十一月。若手職人らでつくる「名古屋仏具研究会」として、復元にとどまらない新たな山車の制作に取り掛かった。

大きさは二分の一サイズの高さ三叩職人たちは山車を部分的に修理することはあっても、一からつくるのは初めて。木地職人の吉岡清量さん(四〇)は「据え置きの仏壇と違い、くぎも接着剤も使わない。しかも動かす。より精度を試されている」と、制作の難しさを語る。

「各地の祭りに参加し、子どもが身近に山車に触れられるように」(野依さん)と願い、「童子車(どうじしゃ)」と名付けた。山車に取り付ける幕に描く刺しゅうのデザインは、道半ばで逝った夫の代わりに知寿子さんが担当する。

万博日本館でのお披露目は八月の名古屋市イベントステージだ。「磯村がいなければ、山車をつくるなんて大きな挑戦はしなかった。挑戦を業界復活のきっかけにし、彼の思いを万博に届けたい」。野依さんら職人たちは腕をふるう。
出来事 | permalink | comments(0) | - | pookmark |

子供の運動会

晴天で風がとても強かった日、子供の幼稚園の運動会がありました。

   

小学生の長男も、かけっこに出場しました。

 

出来事 | permalink | comments(0) | - | pookmark |

知床半島

カラフトマス
カラフトマス
   カムイの呪い
カムイの呪い
9月の初秋、甥と一緒に北海道の知床半島へ、カラフトマスを釣りに行ってきました。

ひまわり畑 ひまわり畑

出来事 | permalink | comments(0) | - | pookmark |